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沿革
History
本園は、昭和19(1944)年に太平洋戦争により世の中が疲弊窮乏を極める中、行政命令により『共栄銃後保育園』として、真宗大谷派光德寺の本堂に於いて設置されました。爾来80年以上の歴史の中、戦後のベビーブームによる子どもの激増に対応が求められましたが、国や自治体の制度が不十分であり、母体である寺院の財源を投入し、少しずつ木造園舎を建て増して運営しておりました。また食料事情も非常に厳しいものがあり、終戦直後からアメリカの民間団体によって日本へ贈られた、人道支援であるララ物資による脱脂粉乳、小麦粉、缶詰の食料等の救援物資が、保育所等の子どもたちの栄養改善に貢献し、約1400万人に支援が届き、特に脱脂粉乳は学校給食の始まりを支え、飢えに苦しむ人々を救いました。 高度成長期を経て社会が豊かになり、昭和47(1972)年に二代目園舎が建ち、トイレも水洗化され、またセントラルヒーティングも整備することができました。その後は、産業構造の変化や男女共同参画社会による勤務時間等の多様化によって、昭和59(1984)年に夜間保育園である『みのり園』を併設致しました。平成を迎え、時代社会は高まる保育ニーズによる待機児童対策が大きな問題となりました。また平成7(1995)年には阪神・淡路大震災が発災し、施設の耐震化が全国的に求められるようになり、宗教法人立の保育園には国の補助金が満足に得ることができなかったため、社会福祉法人優応会を設立し、平成20(2008)年に現在の三代目園舎が竣工しました。その後も大規模災害が発災するたびに種々の課題が明らかになるとともに、平成23(2011)年の東日本大地震発災後には、保育園等での避難方法や避難所の在り方が問われ、京都市では災害時における子どもの一時預かり等の協力に関する協定を、京都市保育園連盟等と締結するなど、引き続き課題解決に日々取り組んでいます。令和2(2020)年初頭には新型コロナウイルス感染症のパンデミックが世界的に拡大し、3年3ヵ月にわたり日常生活が取り戻せない中、エッセンシャルワークの最前線で、不自由な環境の中でも保育園を運営し、何とか乗り越えてきました。その後は、少子化の急激な進行と育児休業制度や働き方改革の定着による地域ニーズの変化のため、令和8(2026)年度からは『共栄保育園』と『みのり園』を統合し、保育所型認定こども園として新たな歩みを進めます。時代社会の変化に応じて、子どもたちの育ちの支援に取り組んできた歴史を活かし、今後とも『まもるべきものはまもり』『かえるべきものはかえる』という、伝統の尊重と改善の実行をモットーとした保育を実践して参ります。 合掌

社会福祉法人優応会理事長/共栄保育園園長 椋田 隆知

共栄保育園
〒601-8464 京都府京都市南区唐橋高田町58-4
【近鉄東寺駅】より徒歩約15分、【市バス羅城門バス停】より徒歩1分です。
駐車場はございませんので、お車でお越しの方は近隣にあるパーキングをご利用ください。
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    〒601-8464
    京都市南区唐橋高田町58-4
    TEL.075-672-4572
    開園時間 7:15~18:15
    定員 123名
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